だいごのじまん


田島 繁さん(15組)からの素晴らしい投稿

マッターホルンとアイガー登頂〜次なる夢


朝焼けのマッターホルン

 昨年夏モンブラン(4808m)に登頂した時、イタリア人ガイドMarcoに「あれは何という山?」と聞いたら、「マッターホルン(4478m)だ」と。「登れるだろうか?」と聞いたら、「tajiなら登れる。乗せてあげる」と。そこで2月に1,350ユーロ(3日+1日予備)でガイド契約をした。インターネットで「1週間に1人滑落死、3日前にアメリカ人が滑落死」との「登頂記」を読んだ時顔がこわばった。モンブランやキリマンジャロとは違い、ロッククライミング技術と12時間以内で戻れる体力・スピードが要求された。6月に御在所岳・藤台壁ロッククライミングゲレンデで1日訓練を受けた。「登頂できる人は幸運で一握りの登山家である」と書いてあった。
 同志社中学校の唐松岳登山も富士山がはっきり見えるほど天候に恵まれ、登山リーダーとしての役目を果たし京都に戻った。翌日は日経ストックリーグ「Stop Co2」グループ25名の3企業(京都市地球温暖化対策室、同大施設課、京セラ)訪問を引率した。その2日後スイスに向け出発した。
 7月28日、チューリッヒに到着した日は曇っていた。翌日、ツェルマットまでの切符を買いBrig駅で乗り換えた。横の席に座ったモスクワ日本人学校で教えているM氏家族と話をした。セキュリティが厳しく地下鉄に乗ったらダメ。車で点と点を移動するだけ。日本企業がロシアに多く進出しているが、確定申告の時企業にお金をせびるワイロ国家ですねと。ツェルマットに近づくと空が明るくなり白い山が見えてきた。ラッキー!ツェルマット駅では日本人観光客をたくさん見た。乗り物は環境対策から電気自動車と馬車だ。ホテルの窓を開けると、マッターホルンが見えた。晴れてきた。急いで外に出て写真を撮った。1週間前にユングフラウでテントを張ったオランダ人は「ゴルフボール位の雹が降ってきた」とデジカメ画像を見せてくれた。山岳センターの天気予報掲示板でばったりMarcoに出会った。今日は曇り、高所順応としてブライトホルンに登る明日及び山小屋への移動日、そして登頂日の8月1日はいずれも晴だった。出発直前天気が悪いとメールしてきたMarcoに「Lucky!」と握手した。
 7/30道は濡れ、マッターホルンは薄化粧していた。ゴンドラとケーブルカーで3818mまで急上昇。雪に覆われた壮大な山々が見られた。モンテローザ、リスカル、ブライトホルン、マッターホルン…。
 日本では見られない迫力があった。ハーネスを着けザイルでMarcoと結び、前歯付の10本アイゼンをつけ9:05出発。ブライトホルン(4164m)に10:35登頂した。証拠写真を撮り3時間15分後に出発点に戻った。気温5℃の屋外で昼食をとっていると定年退職した日本の方が「今までマッターホルンに2度も天候に恵まれず登れなかった。今回は妻と別荘を1週間借りて3度目の挑戦です」と。快晴で展望台からは360度見渡せ、遠くにモンブランやグランドジョラスが見えた。
 宿舎に戻り、日本料理店「妙高」で英気を養った。深夜喉が渇き外に出たが自動販売機は1台もなし。外からホテルに入れず警備会社に電話してやっと入れた。食堂に行くと真っ暗な中誰かが隠れていた。So hungry と食べ物を漁っていた。冷蔵庫の上にミネラルウオーターがあったので飲んで喉を潤し、やっと寝られた。
翌朝、顔の皮膚がほとんどむけた女性がいた。ユングフラウヨッホで4時間雪の照り返しで…と。ゴンドラを乗り継ぎ、2時間歩くとヘルンリヒュッテに到着した。素晴らしい天気で会話が弾み、イギリス人に登頂証明書を見せてもらった。午前3:30出発、7:35登頂、11:55帰着。上り4時間5分、下り4時間20分、合計8時間45分だ。私はゴンドラの最終時間に間に合うよう15時までに帰れたらなあと山の稜線を凝視した。15時のチェックインで何と藤台壁ロッククライミングガイドの増井氏に会った。奥さんは下にいて一人お客さんを連れていた。モンブランは天候悪く、登山列車が崖崩れで動かず登れなかったと。登山者がみなマッターホルンに来たという感じで食堂は一杯だった。16人部屋には日本人が4組程いた。私はMarcoと一緒だったので4人部屋に入りマッターホルンが見上げられるベッドを陣取った。水は1リットルとし、装備と所持品を確認して午後9時に寝た。
 午前3:00起床、3:30朝食、3:53Marcoとザイルで結びヘッドライトをつけて出発した。満月の夜だった。いきなり鎖場があり抜かされまいとMarcoについて行った。5:30少し明るくなり6:10山の頭部が赤く焼けるのが見えた。7:08ソルベイ避難小屋に着いた。順調に登りだんだん頂上が見えてきた。雪がありアイゼンをつけ慎重に登った。頂上が見え息をハアハアすることもなく快適に登っていた。垂直登攀になる手前でMarcoは「taji,ここまでだ。頂上までまだ3時間。登頂を目指すと帰りは夜10時を過ぎ危険だからここで引き返そう」と。「ええ?まだ9:10なのに!」。マッターホルンは急峻な山で、岩に打ち込んだハーケン(鉤)は1ルート、上りも下りも同じ道だから速さが要求される。今回はロッククライミング技術と体力・スピードが不十分だった。初登頂したウインパーのパーティも下山中に滑落死した。明るいうちに戻ろうと下山に同意した。
 今年は、4月末に頚椎症で1ケ月半整骨院に通い、7月2日にぎっくり腰。整形外科に通いながら「こんなんで1ケ月後に本当に登れるのかなあ」と。弟からは「マッターホルン、待った!」と。今回ここまで登れたことに満足し写真を撮って下山した。ソルベイヒュッテで写真を撮り、Marcoの写真も撮ろうとしたら「Taji危ない!」と。柵もなく一歩踏み外したら奈落の底に落ちるところだった。下りの方が危険で慎重を要する。イギリスの女子高生が父親のサポートで下山。追い越せず下りの方が時間がかかった。
 「宙ずりで岩壁下りぬ峰の花」
 ヒュッテに15:20に到着、往復11時間半かかった。ゴンドラは5時半が最終なのでヒュッテにもう1泊した。Marcoに感謝してビールで乾杯した。
 翌朝5:30トイレに行った。雨が降り、強い風が吹き、稲光が見えた。朝食時、東京の女性2人は「落雷で全パーティが下山した」と。名古屋の青年2人は「昨日、午前4時宿舎を出発、午後1時登頂、午後10時宿舎に戻った」と。地元ガイドなら許されないだろう。「これからアイガーに行く」と。増井ガイドは「アイガーはマッターホルンより易しい。3970mで歩いている人は少ない。落石も少なく同じ道を戻るのではなくユングフラウに下りる道がある」と。
 退職後の夢が芽生えてきた。妻と別荘を借り、「一握りの登山家をめざしてマッターホルンとアイガーに登頂する」ガイドをMarcoに頼み、満月の夜午前3時に出発しよう!
 マッターホルンの朝焼けドラマを6:07から一山焼ける6:27まで、プロも撮れない瞬間をベストアングルで38枚も撮れた。 最高に嬉しかった。